印鑑届出書とは?印鑑(実印)の届出と登録に関する法的義務
契約書を作成する際に用いる印鑑には、実印と認印があります。これらの違いと、印鑑(実印)に関する届出・登録のルールを整理します。
実印と認印という二つの印鑑の意味とその法的効力の違い
実印と認印が、法令上どのように位置づけられているのか。細かいところまではご存知がない方でも、
- 実印は大切にしなければならない印鑑で、認印は気軽に使える印鑑である
- 実印・認印のどちらを契約書に使っても、法的には契約は有効に成立する
そんな話は、どこかで見聞きしたことがあるのではないでしょうか。
この違いの背景に大きく関わるのが印鑑の届出と登録の法的義務です。それについて説明する前に、実印と認印の違いについて、おさらいしておきましょう。
民事訴訟法第228条4項によって担保される押印の推定効
まず、なぜ契約書に印鑑を用いた押印がされるのかについて、民事訴訟法第228条4項の条文を前提知識として知っておく必要があります。
第二百二十八条 文書は、その成立が真正であることを証明しなければならない。
(2項〜3項省略)
4 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。
この条文は、民事訴訟において提出される文書を証拠として扱うために、文書作成者にある種の義務を課す条文となっています。
つまり、文書に本人(または代理人)の押印を施すことで、そこに書かれたことが確かに本人の意思に基づくものであるという証拠として、裁判所がいったん信じてあげますよ、なければ信じないかもしれませんよと言っているわけです。これが民事訴訟法が認める「押印の推定効」です。
なお、条文にあるとおり、本当は押印がなくても署名(サイン)だけの文書でもOKです。しかし通常の企業は、月に何十通何百通と契約書を取り交わします。これらすべてに手書きで署名をするのはとても面倒です。
この点、印鑑であれば、忙しい代表取締役でなくとも従業員が代理で押印することもでき、便利です。そんな利便性もあり、企業同士の契約書には一般的には署名ではなく押印が用いられています。
契約書の真正性を証明しやすい印鑑が実印、証明しにくいのが認印
ところで、民事訴訟法第228条4項の条文では、押印に使う印鑑は実印を使うようにとは限定していません。ですので、認印による押印であっても、実印と変わらず文書の真正な成立は推定されます。
しかしそうなると、万が一第三者が無断で会社や個人の印鑑を勝手に作り、本人の知らないところで勝手に契約書に押印した場合も、会社や本人の意思が推定されてしまうことにもなりかねません。
そこで、行政が本人確認の上で契約書等に用いる印鑑の提出・登録を受け、随時証明書を発行してもらえる印鑑登録制度が存在します。これにより、印鑑が本当に自分のものであること、文書が真正なものであることをより証明しやすくしたわけです。
ここまでの話を踏まえて、もう一度実印と認印の違いを整理すると、
- 実印とは、印鑑の持ち主である会社の代表者や個人を行政が事前に本人確認することで、それを使って押印した契約書の真正性を証明しやすくするツール
- 認印とは、それを使って契約書に有効な押印はできるものの、印鑑の届出・登録をしていないため実印に比べ真正性が証明しづらいツール
ということになります。
実印の届出ルール
では、行政が印鑑の届出・登録を受け付ける手続とは、いったいどのようなものなのでしょうか。実印の届出ルールについて見てみましょう。
実は、法人の場合と個人の場合では、印鑑の届出・登録の根拠となる法令も、届出先も、使える印鑑の形式も、かなり異なった扱いがされています。
法人の印鑑届出は商業登記法と商業登記規則に根拠がある
法人の印鑑届出義務については、商業登記法第20条および商業登記規則第9条が根拠法となり、ます。なお法人における印鑑届出は、正式には印鑑の「提出」という表現が使われます。
商業登記法
第二十条 登記の申請書に押印すべき者は、あらかじめ、その印鑑を登記所に提出しなければならない。改印したときも、同様とする。商業登記規則
第九条 印鑑の提出は、当該印鑑を明らかにした書面をもつてしなければならない。この場合においては、次の各号に掲げる印鑑を提出する者は、その書面にそれぞれ当該各号に定める事項(以下「印鑑届出事項」という。)のほか、氏名、住所、年月日及び登記所の表示を記載し、押印しなければならない。
(中略)
四 会社の代表者(当該代表者が法人である場合にあつては、その職務を行うべき者)
商号、本店、資格、氏名及び出生の年月日(当該代表者が法人である場合にあつては、氏名に代え、当該法人の商号又は名称及び本店又は主たる事務所並びにその職務を行うべき者の氏名)
2 前項の書面には、商号使用者にあつては、商号をも記載しなければならない。
3 印鑑の大きさは、辺の長さが一センチメートルの正方形に収まるもの又は辺の長さが三センチメートルの正方形に収まらないものであつてはならない。
4 印鑑は、照合に適するものでなければならない。
商業登記法第20条のこの定めにより、法人が設立登記を申請するにあたっては、会社の代表者が「あらかじめ」印鑑を登記所に提出することが義務づけられています。これにより、登記された日本の法人はもれなく実印を作成しなければならなくなっているのです(なお後述するとおり、この印鑑届出の制度を廃止する方向で議論が進んでいます)。
商業登記法の細則にあたる商業登記規則および運用上、法人の代表印についてはサイズ以外の印鑑の形式に関する要件は、それほど細かく定められていません。印鑑に記載される文字(たとえば商号や役職名など)が現在のものと異なっていても提出が可能であり、実際にも受け付けられるようです。ただし、第9条4項に「照合に適するもの」という要件があり、印鑑が削れたり欠けたりして印影が不鮮明ですと、提出が受け付けられません。
個人の印鑑登録は法律には根拠がなく条例によって運用されている
では個人の印鑑登録も同じかというとそうではなく、法人と異なるポイントがいくつかあります。
最大の違いは、個人の実印の印鑑登録には、実は根拠となる法律が存在しないという点です。では何に基づいているのかというと、実は登録を受け付ける各市区町村が定める「印鑑条例」が根拠となっているのです。一見強固なものに見える日本の印鑑文化を裏付ける法律が存在せず、条例によって支えられてきたという事実は、知らない方も多いでしょう。
各自治体の条例の内容は、昭和49年2月1日の自治省行政局振興課長発、各都道府県総務部長宛通知「印鑑の登録及び証明に関する事務について」により、ある程度全国統一されていますが、運用はあくまで自治体ルールであり、登録できる印鑑の形状などにも微妙に違いが出ています。
たとえば、私は目黒区と渋谷区で個人の実印を登録したことがありますが、渋谷区の印鑑条例に基づく印鑑の形状に関するルールは目黒区のそれよりも一段と厳しく、
- 氏名について、漢字を平仮名またはカタカナに、あるいはその逆に書き換えたもの
- 古文字、金石文字など難解で、現在では使用されていないような古書体のもの
- 自己流のくずしかたや極端な図案化などにより、本人の氏名を表示していると認められないもの
は登録できない、といったものがあります。
こうした制度ですので、個人の印鑑登録は義務ではなく、必要に応じて任意に行うものです。ローンを組んだり、不動産取引をするようなケースでもない限り、実印を作成・登録されない方も多いのではないでしょうか。
行政のデジタルファースト化と印鑑制度の今後の展望
今回は実印と認印の違い、そして実印の届出・登録制度について、整理してみました。
現在、政府の内閣官房と法務省が、日本のデジタルファースト化を加速させるため、印鑑に関する様々なルールを変更すべく動いています。例えば規制改革推進会議行政手続部会では、以下にあるように行政手続きにおける実印ルールを現代化する方向で進んでいます(この動きについては、本メディアで引き続き追いかけて記事にしていきます)。
今回の話と関連するところでは、法人の設立登記にあたり必須とされていた印鑑届出の制度を廃止し、電子署名等だけで印鑑を作成することなく法人が設立できる方向で、調整が行われています。この件については、ちょうど本日の日経新聞朝刊記事でも取り上げられています。
代表者の印鑑の届け出制度も20年度までに見直す。現在は法務局に届け出る必要があるが、任意制として義務を廃止する。例えば印鑑を届け出ない場合、代わりに電子証明書の届け出を求めるといった案が出ている。(2018年5月14日付日経新聞朝刊法務面 「法人設立ワンストップ」19年度導入 ネットで一括 起業を後押しより)
この電子化が進んだ時代に、物理的な印鑑を作成するだけでなく、それを紙の申請書で登記所に提出しないと法人が設立できなかったということ自体、時代錯誤であったというべきでしょう。
法人の印鑑届出ルールが変わり、真のデジタルファーストが実現することにより、条例によってのみ裏付けられてきた個人の印鑑制度の慣行も、大きく変わっていくことになると予想します。
画像: Mochio / PIXTA(ピクスタ)
(2018/08/14 橋詰改訂)
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