契約書の綴り目に押印する「契印(けいいん)」のルーツ
契約書を製本する際などに、その綴り目に押印し改ざんされていないことを示す「契印(けいいん)」。契約を締結する上で必須ではないはずの印が、なぜここまで強固な慣習となっているのか?そのルーツを辿ってみました。
契約書と契印
製本した契約書の各ページが後で差し替えがされないよう、綴り目に押す印のことを「契印(けいいん)」と言います。
一般にはこの印を「割印(わりいん)」と呼んだりもしますが、厳密には「契印」と「割印」は使い分けをすべき語句とされています。今回の本題ではありませんが、もしご存知ない方は、過去記事にもまとめていますので読んでみてください。
→契約書の製本(袋とじ)の方法と契印のルール
→契約書の割印の役割とルール
ところで、この契印が契約書を改ざんしにくくするための技術的な措置であることは、ご想像のとおりです。しかし、契約書作成にあたって法令で決められた絶対的なルールなのかというと、実はそうではありません。
そもそも、契約をした際に契約書を作成しなければならないというルールすらないわけですから(契約方式の自由)、それも当然なのですが、その割に、契約書を作成する際に文字通り判を押したように契印を施す慣習が徹底されているのは、なんとも不思議なことです。
この契約書の契印という慣習がどうしてここまで強固な慣習となったのか?そのルーツを辿ってみることにしましょう。
契印のルーツその1:商業登記規則・不動産登記規則
弁護士や司法書士等の法律専門家であればご存知の方も多く、また契約書の契印のルーツとしてよく書籍などで紹介されているのがこちらです。
登記のルールを定めた法令である商業登記規則や不動産登記規則に、登記の申請書が複数にまたがる場合には契印を押すよう定めた条文があります。以下、そのうちの商業登記規則第35条を引用します。
第三十五条 申請書の記載は、横書きとしなければならない。
2 申請書に記載すべき登記事項は、区ごとに整理して記載するものとする。
3 申請人又はその代表者若しくは代理人は、申請書が二枚以上であるときは、各用紙のつづり目に契印をしなければならない。
4 前項の契印は、申請人又はその代表者若しくは代理人が二人以上であるときは、その一人がすれば足りる。
こちらはあくまで登記申請のルールであって、契約書作成時の義務を定めたものではありません。しかし、商業登記や不動産登記は比較的身近な法律的手続・文書であり、そこで定められた法令上の手続きルールが契印を求めているという事実が、契約書作成の慣習にも大きな影響を与えているということは、要因としてはありそうです。
契印のルーツその2:民法施行法
e-govの法令用語調査画面で「契印」を検索し、ヒットする法令の中で最も古いものとして、民法施行法(明治三十一年法律第十一号)があります。
その第6条2項に、「契印」の語がありました。
第六条 私署証書ニ確定日附ヲ附スルコトヲ登記所又ハ公証人役場ニ請求スル者アルトキハ登記官又ハ公証人ハ確定日附簿ニ署名者ノ氏名又ハ其一人ノ氏名ニ外何名ト附記シタルモノ及ヒ件名ヲ記載シ其証書ニ登簿番号ヲ記入シ帳簿及ヒ証書ニ日附アル印章ヲ押捺シ且其印章ヲ以テ帳簿ト証書トニ割印ヲ為スコトヲ要ス
2 証書カ数紙ヨリ成レル場合ニ於テハ前項ニ掲ケタル印章ヲ以テ毎紙ノ綴目又ハ継目ニ契印ヲ為スコトヲ要ス
この法令は、登記官・公証人が私製証書に確定日付を付す際のルールであり、私人同士で契約書を締結する際の義務までを定めたものではありません。一方で「前項ニ掲ケタル印章ヲ以テ毎紙ノ綴目又ハ継目ニ契印ヲ為スコトヲ要ス」と、かなり具体的な押し方まで規定しており、前述の登記申請同様、契印の慣習に一定の影響を与えたものと言えそうです。ちなみにこの民法施行法はかなり古い法令ですが、現在も有効な現行法令となっています。
なお、余談になりますが、今回調査をしていた過程で、東京弁護士会自治体等法務研究部が執筆する「自治体法務Q&A」に、以下の興味深い記述を発見しました。
複数の枚数に及ぶ契約書が一体のものであることを証明する方法として、①契約書を袋とじとし、袋とじの綴目の部分に知事印及び相手方の印章を押印する方法、又は②契約書の各葉のとじ込みの間に二葉にまたがって知事印および相手方の印章を押印する方法があるが、
(1)自動契印機による打刻をもって、①②に替えることができるか。((1)(2)略)
民法施行法第6条2項が「証書カ数紙ヨリ成レル場合ニ於テハ前項ニ掲ケタル印章ヲ以テ毎紙ノ綴目又ハ継目ニ契印ヲ為スコトヲ要ス」と規定しているのは、複数枚にわたる私製証書における文書の一体性(一体の契約書であること)を担保するために、他にも方法があるにもかかわらず、契印による方法がもっとも適切であることに基づきます(なお、このことは確定日付を付する場合に限らないと考えられます。)。
とすると、法は、文書の一体性を担保するためには、私製証書に対して契印を打つことが必要と考えていると解釈せざるを得ません。
したがって、打刻機による契印打刻で民法施行法6条2項を代替可能であると解釈するのは困難であると考えます。
なお、この点について調査した限りにおいては、直接の記述やその根拠が明記されている文献は見つかりませんでした。
非公式に裁判所や自動契印機メーカーに対し、自動契印機による契印の法的根拠について問い合わせをしてみたところ、いずれも明確な回答を得ることはできませんでした。
この自治体法務Q&Aで話題となっている「自動契印機」とはこういう機械。身近なところでは、紙の住民票や商業登記簿謄本などに複数ページにまたがって穴(穿孔)を開けて改ざんされていないことを証明してくれるアレです。
私はてっきり、こうした自動契印機は法的にも認められたものなのかと思っていましたが、このQ&Aを見ると、どうやらその有効性には議論があるようですね。
契印のルーツその3:明治8年太政官達第77号
契印の慣習に関して、現存する法令文書で最も古い、まさにルーツと言えそうなものがこちら。明治8年に公布された太政官達(たっし)第77号です。
画像は国立国会図書館のデジタルアーカイブにある明治八年法令全書から。ざっくり訳すと、金銭貸借証書など、証拠として後日必要となり得る文書を作成する際は、後で紛争の原因とならないよう、数字は「二十」ではなく「弐拾」と表記し、綴り目には印を押印するように、といったことが記載されています。
国立国会図書館の「明治前期の法令の調べ方」によれば、太政官達とは、大政奉還から公文式(法令の効力や形式を定式化したもの。明治19年勅令第1号)制定までの間、法令の制定・公布に関する制度が整備されていなかった時代の法令に相当するものだそう。
日本の法令がまだその体系すら定められていない時代に、こうした実務が法令に相当する通達として公布されていたというのは驚きです。この明治8年太政官達第77号が、日本における契印の慣習を形作ったルーツと言ってもよいのではないでしょうか。
まとめ
ということで、一般によく知られた登記規則にとどまらず、明治時代に作られ今も生きる民法施行法、さらには太政官達まで、契印のルーツを辿ってみました。
140年以上前の明治時代初期に生まれた文書改ざん防止技術が今でも慣習として生きていることに歴史の重みを感じつつ、紙からデジタルへと情報の記録および通信手段が大きな変化を遂げている中、情報改ざん防止技術についても新しいものを開発し移行していく必要性を改めて感じます。
画像:amadank / PIXTA(ピクスタ)
(橋詰)
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