ブックレビュー 弥永真生・宍戸常寿編『ロボット・AIと法』
法学者を中心とする豪華執筆陣によるAI法書籍が刊行されました。先日ご紹介した『AIの法律と論点』が2〜5年先を見据える本だとすれば、本書は10〜20年先を見据え、AIがどう法を変えていくかを論じた本になっています。
章ごと分担型スタイルの共著書
代表編著者の弥永真生先生・宍戸常寿先生をはじめとする11名の法学者に加えて、国際動向についてはマカイラ株式会社の工藤郁子先生、知財分野については骨董通り法律事務所の福井健策先生が参加されての、総勢13名による章ごと分担スタイルの共著書になっています。
こうした章分担型の共著本は、監督たる編著者の采配と、任命された各著者の筆力によって出来が大きく左右されるもの。しかし本書に関しては、どちらも一流の方々が起用されているとあって、かなり先の未来を論じながらも決してポエムでは終わらせない、地に足の着いた法律論が各章で展開されています。
また、そうした豪華執筆陣の手による本格的な法律書でありながらも、良心的な価格(316頁で本体2,600円)に設定されたのは、テーマの時事性に合わせて各著者と出版社有斐閣さんが配慮された結果かな?と推察しました。
秀逸な導入部
本書のキーワード「ロボット」「AI」に反応する方であれば、必ずや役立つであろうと思われるのが、本書の総論部分を担う冒頭の二章です。
宍戸先生の手による1章の「ロボット・AIと法をめぐる動き」は、これまでに日本を含む世界で実際に発生したロボット・AIに関連する事件事故、そして国内での検討状況を一覧した上で、現状のロボットとAIに共通する問題点を抽出しています。そして、ロボット・AIの何(どこ)が法的に新しいのかを、以下4点として端的にまとめてくださっています。
- ロボット・AIと情報通信ネットワーク… フィジカル空間とサイバー空間をまたがるテクノロジーについて、どちらに引きつけて法や政策を考えていけばよいか
- 自律性と制御可能性… 事故の際、背後にいる人間にロボット・AIの行動から生じた責任を負わせることができるか
- 透明性と説明可能性… いわゆるブラックボックス化により、発生原因や責任の所在を追求することが不可能になるのではないか
- ロボット・AIに関する合意形成… この分野で各国間の競争が激化し独自の規制も検討されているが、一国で考えても意味がないのではないか
続く工藤郁子先生による2章「ロボット・AIと法政策の国際動向」では、この1章の問題提起を受ける形で、欧州と米国それぞれに分けた法政策動向がレポートされています。現状は欧州では公的機関が、米国では産学が議論をリードしているという違いはあれど、できるだけイノベーションを阻害しないよう民間の自主規制や共同規制に委ねようとしている状況がコンパクトに概観できました。
この冒頭2章で整理された情報を入手するためだけでも、本書を購入する価値ありと思います。
現行法では「代理人」足り得ないAIに人格と権利能力を認める時代は来るか?
契約の再発明を掲げるメディア「サインのリ・デザイン」としては、木村真生子先生による6章「AIと契約」にも注目をしておきたいところです。
本章では、機械化や自動化が進む取引社会において、機械が契約の主体となれるのか,なれない場合でも,代理人のように,主体と分離した存在と位置付けて行為すると考えることができるのか,それとも従来の民法の枠内で人と機械,機械同士の相互作用を「契約」として捉えるべきなのかを探求する。
私は知りませんでしたが、日本でも、過去に競馬の自動発券機における契約の成立タイミングを争った裁判例(大阪地裁平成15年7月30日判決 金判1181号36頁)があるとのこと。こうした「機械との自動的な取引」についての先例もベースにしながら、新たな問題となっている「インターネット上での基本的取引関係のない匿名者同士の取引」における意思表示の問題にも光をあて、アメリカ法・ドイツ法を参照しながら緻密な議論が披露されています。
そのいったんの結論としては、
アメリカでもドイツでも,結局はコンピューターを代理人とみなす考え方をとらなかった。契約から生じる責任の最終的な負担者を考えた場合,現在の法理論の下では,コンピューターを代理人とすれば,コンピューター自身に契約責任を負わせることになりかねないからである。(P152)
AIを介した自動契約であっても,機械を扱う人の意思を前提にして,意思表示を擬制することができるというべきであろう。(P159)
とのこと。SF好きな私個人としては、AIにはじきに人格が宿るものと信じて疑っていない、いやむしろ、人間の「心」と呼んでいるものも実際はAIと変わらない機械的なプロセスによって発生していると思い込んでいるだけなのではという立場なので(笑)、安易に同意したくない気持ちでいっぱいなのですが、法律的には確かに、と言わざるを得ないところ。
一方で、日本でも、慶應義塾大学教授の新保先生をはじめとして、AIそのものに新しい法人格や権利能力を認めるべきという意見も出始めています(たとえば、「ロボットと人工知能の普及と法的課題(PDF)」)。冒頭で本書の感想として述べたように、ここ5年ではまだそうした話は一般人から見れば荒唐無稽と扱われ、本格化しないかもしれません。しかし、この先10〜20年に起こるであろうことを考えると、AI時代の契約の責任という面だけをとってみても、「AI法人格」の議論を真剣に始めるべき時期が来ているのかもしれないと再認識しました。
(橋詰)
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