ブックレビュー 西村あさひ法律事務所 福岡真之介編著『AIの法律と論点』

民事、刑事、倫理と複数の切り口から漏れなく法的論点をとりまとめ、AI開発・ライセンス契約実務も盛り込み、将来に向けた法改正の提言にまで踏み込んだ、初の「AI関連法体系書」が刊行されました。
「AIと法」を難しくしているものは何か
「AI」も「法」も、その単語を見聞きする人によって注目するポイントが必ずと言っていいほどずれてしまう、いわゆるビッグワードです。これら2つが組み合わされた「AIと法」となると、ますますふわっとした解説や、噛み合わない議論になりがちです。
特に法律論を語る文献においてはそうならないよう、この二つを丁寧にほどき、定義・事実を踏み外すことなく一つ一つ処理していく根気強い作業が重要となりますが、本書はまさにその根気が随所で尽くされています。

「AIと法」の理解を難しくしているものは何なのか?本書で勉強させていただいた私の理解では、
- AI成果物は、そのほとんどがエンジンとなるプログラム・アルゴリズムを作るX(主にベンダー)と、その燃料となるデータを持つY(主にユーザー)という別人との共同作業によって発生する成果物であること … 作者の共同性ともいうべき性質
- さらに、その成果物であるAI自身が作成後に機械学習・深層学習等を続ける、つまり生みの親である特定人X、Yの手を離れて成長を続けるため、完成品を観念することが難しいこと … 成果物の未熟性ともいうべき性質
この2つの性質が、AIに関する「権利」と「責任」を誰にどう帰属させるべきかの整理を難しくしている、と感じました。
これまでの法律論は、原則として、ある一人の特定人がほぼ完成品としての成果物・アイデアを製作(創作)し、登録し、販売することを前提に、その特定人に権利や責任を付与するものでした。AIの世界では、そうしたシンプルな当てはめができないケースが多くなってくるはずです。
しかし現行法であっても、事象を丁寧にほどいて丁寧に当てはめていくことで、多くの論点について方向性を見出すことはできます。それを尽くした上で、現行法では対応できないところは法令の見直しも視野にいれるべしと、最終章で(ちょうど閣議決定でも改正案が示されている著作権47条の7などの)法改正への提言も加え、締めくくっています。
AI開発契約およびライセンス契約のモデル契約条項を提示
もう一点、契約専門メディア『サインのリ・デザイン』として高く評価したい、おすすめポイントがあります。それは、AIの開発・ライセンス契約について、法的論点のみならずモデル条項まで提示してくださっている点です。
AIの開発・利用にあたっては、システム開発契約やライセンス契約が締結されることが一般的であり、それ自体にも特有の論点がある。AIに関するこれらの契約については、従来に加えて、以下の条項を締結することでAIを保護したり、トラブルの発生を未然に予防することを検討すべきである。
① 生データの提供・取り扱いに関する条項
② 学習用データセットの提供・取扱いに関する条項
③ 学習済みモデルに関する条項
④ AIの秘密管理性を維持するための条項(略)
⑤ 派生モデル・蒸留モデルに関する条項
(P112より)

来年の今頃には、日本でもいたる所でAIの開発やライセンス契約の事例が積み重ねられ、それらの経験が反映された『AI開発・ライセンス契約ハンドブック』的な実務書が販売されているのでしょう。しかし、本当に求められているのは、自社(貴社)にとって初めてのAI開発案件に取り組もうとしている、またはそろそろ取り組むかもしれないというまさに「今」のタイミングだと思います。私の知る限り、こうしたニーズに答えている書籍は、米国等世界でもまだ出ていないと思います。
現状のAI開発において欠かせないOSS(オープンソースソフトウェア)ライセンスの基本的な契約知識についても、紙幅を割いています。私が2015年に出した共著書『アプリ法務ハンドブック』でも同様の問題意識を持ってOSSについて言及したものの、当時はまだ法務部門のセンサーも反応していない領域で、かつそれでも済んでいた感がありました。しかし、AI開発にTensorFlowをはじめとするOSSを利用しないことのほうが珍しい現状においてはmustであり、シリアスな論点になってくると言ってよいでしょう。
否が応にもAIの法律問題に関わらざるを得なくなった現代企業にとっての必携書
先日も、自動運転車による痛ましい死傷事故がアメリカで発生し、刑事責任や民事の不法行為責任についてどう処理するか議論待ったなしの状態となっています。雇用の世界ではAI選考がすでに始まり、労働法や差別禁止法との衝突が始まっていると聞きます。競争法の観点からは、強力なAIを用意できる強者だけが勝ち続けてしまうシナリオも現実味を帯びてくるでしょう。
このように、自社事業でAIを積極利用するつもりがあるかないかに関わらず、企業の事業活動において、AIが外から関わってくる日はすぐそこに来ています。すでにAIをビジネスに活用しはじめている企業にとってはもちろん、時代の流れとともに受け身でAIに関わらざるを得なくなった企業も、どちらにとっても役立つ書籍としてお勧めします。
(橋詰)
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