ブックレビュー 愛知県弁護士会編『新民法対応 契約審査手続マニュアル』
本書冒頭の「全面改訂にあたって」に言及があるとおり、10年前に発行された本書の旧版は、高い評判を得ていたにもかかわらず絶版となったまま、法務パーソンにとっての「伝説の書」となっていました。私もその当時、著者らが所属する愛知県弁護士会に問い合わせた記憶があります。
そんな「伝説の書」が、新民法改正を反映し、満を持して新刊として復刻しました。
全体の構成
本書は、企業内における契約審査のプロセスを詳細に分解して検討する第1篇(P3~50)と、23の契約類型・25の書式例をサンプルとして審査のポイントをまとめた第2編(P57~417)から成ります。
メインの第2編は、すべて各契約累計ごとにPointまとめ→主な法的論点解説(とコラム)→参考文献→書式例→チェックリストという流れで統一されており、通読して勉強する用途にも、チェックリストやポイントをメインに日常的に実戦で使うにも、どちらの用途にも使いやすい構成です。
法務部門「外」との関わりも論じた審査手続パート
類書との比較では、第1篇の「契約審査手続総論」がとても丁寧で実務に即した内容となっています。
そこで語られていることは、ヒアリングと相関関係の図式化を行って事実関係の把握を徹底し、リスクを想定し、評価し、契約書に落とし込むという、ごく当然に法務部門の「中」で行われていることがメインです。しかし本書はそこに話をとどめず、法務部門の担当者が分析し契約書という文書に反映した結果について、
- 依頼部署にどのように伝えていくべきか
- 外部弁護士にはどのような場面でどう依頼すべきか
- 締結に至らなかった場合に相手にどのように費用を請求すべきか
- 締結後に問題点が発覚した場合にどう対処すべきか
- 一連の審査の手続において事故やミスを発生させると、会社としてどのような法的責任が発生しうるか
こうした、法務部門の「外」への関わり方やその影響についても、積極的に解説しているところが特徴です。
依頼部署に対して再交渉を依頼する場合には、修正案を示した上で、その理由を説明することが重要です。その理由は二通り考える必要があり、一つは、依頼部署に対して、コンプライアンス上の問題やリスクの指摘など、再交渉の必要性を説明する理由です。もう一つは、取引の相手方を納得させ、修正に応じてもらうための理由です。(42頁)
契約審査手続は、コンプライアンスを遵守しつつリスクを管理する手続であるところ、これは内部統制システム(会社362④六・416①一ホ、会社則100①・112②)の一類型に該当するといえるため、契約審査手続きが構築されていない場合には、内部統制システムを整備する義務違反に該当し、取締役が損害賠償責任を負う可能性が生じます(内部統制システムを整備しなかったことが取締役の善管注意義務違反及び忠実義務違反に該当するとした裁判例として、大阪地判平12・9・20判時1721・3)。(38 - 39頁)
契約審査は、理想的・模範解答的な契約書に近づけるだけであれば、だれでも数ヶ月〜数年修行すればできるようになる作業です。そうした教科書に沿った一方的修正だけで済む領域は、AIがすぐに代替することでしょう。
そうではなく、依頼部署や契約相手方に提出するアウトプットの影響まで想像しながら、修正の「匙加減」を考え、それを実際に意思決定者である生身の人間に対してうまく伝え、動かす・決めさせることこそ重要。本書は、そのレベルに至るためのプロセスや、法務パーソンとしての気の配り方を文字にしてくれています。
重複を気にしないコラムで新民法を身に付ける
契約に関する新民法の各条文知識の身に着け方として、教科書・基本書を読んで知識の土台を作り、それを実戦としての契約書にあてはめていくスタイルと、契約書を作る実戦の中で新民法に照らしてあらたな論点になりうるというところをポイントごとに吸収していくスタイルと、大きく二つの方法に分けることができるかと思います。とくに旧民法から新民法への過渡期である今、このどちらのスタイルで身に着けていこうか、二の足を踏んでいる方は多いのではないでしょうか。
この点、先般弊メディアでご紹介した河村寛治『債権法改正対応版 契約実務と法』は前者寄りのスタイルだったのに対し、本書は後者の、実戦の中で新民法の改正ポイントを身に着けていくスタイル。具体的な表記方法としては、本文の中に新民法の解説を取り込むのでなく、「新民法と契約審査」と題した囲み記事で、独立させています。
しかも、契約類型をまたがって登場することになる新民法の重要知識、たとえば「契約不適合責任」などについては、コラムの内容が重複するのを気にせず、複数箇所で繰り返し解説されています。
こうした形式面の工夫のおかげで、今とりあえず契約審査に必要な類型の部分だけをつまみぐい的に読んで新民法に対処することもできますし、通読して勉強する際にも、繰り返し遭遇することで「この論点は複数の契約書にでてくる重要なものなんだな」ということが自然と理解できます。
旧版からの定評に加え、新民法にも改正しつつ10年ぶりに内容も一新され(知的財産と労働に関する契約類型も追加されています)、契約担当者の必携本になったと言って過言ではないでしょう。
弁護士会 × 新日本法規さんの本によくある、取扱いやすいとは言えない大型サイズで出されるのだけはどうにかならないものか…という思いはありますが、今回は、Kindle版もあるので問題なし。初版のように入手困難となる心配もなさそうで、安心ですね。
(橋詰)
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