ブックレビュー ダン・アッカーマン(小林啓倫訳)『テトリス・エフェクト 世界を惑わせたゲーム』
世界的ヒットとなった『テトリス』のライセンス契約は、なぜこうも複雑になり、トラブルを生んでしまったのか?作者アレクセイ・パジトノフからライセンスを獲得しようとするビジネスパーソン達の交渉の舞台裏を描く、契約法務ノンフィクションです。
冷戦中のソ連からいかにして任天堂が正式ライセンスを勝ち取ったか
普段ゲームをしない方でも、テトリスが「上から落ちてくるブロックをうまく並べて消していくゲーム」であることぐらいは、ご存知かと思います。それほど老若男女問わず知れ渡るまでには、PC版、アーケード版、コンシューマー版、ハンドヘルド(携帯ゲーム機)版それぞれにさまざまな権利者がうごめき、利権にあやかろうとしたことは想像に難くありません。
本書は、そのライセンサーであるソビエト連邦(当時)在住のエンジニア、アレクセイ・パジトノフと、米欧日それぞれの国から彼を訪ね著作権ライセンスを勝ち取ろうとしたライセンシー達との交渉劇を、会話や書類のやりとりを含めて詳細に描いています。
PC版から始まったテトリスが世界で爆発的ヒットになった決め手は、任天堂の初代ゲームボーイの発売タイトルにラインナップされたことだったわけですが、そうして最終的に任天堂がライセンス契約を締結するまでに、10人近くの登場人物(と会社)が関わっています。
ゲームのようなエンターテインメント、そして芸能・スポーツの世界のライセンス契約において、間に怪しい人物が介入して後でトラブルになることは日常茶飯事です。中には本当に交渉の窓口権を持っている人物ももちろんいるのですが、「一丁噛み」の、ほんの一部しかない権利をさも全権代理のように語って高額な(サブ)ライセンス契約を結ぼうとするケースも、少なくありません。
テトリスも、まさにそこが問題となりました。
この業界にありがちな重層的ライセンス構造がトラブルを生んだ
作者アレクセイ・パジトノフが所属したロシア科学アカデミーから「すべてのコンピュータ」のライセンス権を得た、と自認していたアンドロメダ社のロバート・スタイン。彼以降のサブライセンスで、アーケードゲームや家庭用ゲームまでに拡大解釈されながら、複数当事者が4層に渡るサブライセンスを繰り返し、それが後にトラブルとなったわけです。
本書では、この「コンピュータ」の契約書の定義について、ドラフティングで争う場面なども描かれています。国際法務・契約法務に携わる方なら、一度や二度ならず見覚えのあるシーンでしょう。
次々でてくるカタカナの登場人物名の多さとライセンスの重層構造に、途中で記憶がついていけなくなったので、読みながら書いていたメモがこちら。
このメモを見て、常識的なビジネスパーソンの方は、「こんな危なっかしい3次・4次ライセンスなんかで製作に踏み切りますかね?」と思われるかもしれません。しかし、流行り廃りを読むのが難しく、放っておけばすぐに腐ってしまうコンテンツという水モノを扱う関係上、スピード感とある程度のいい加減さの許容が要求される放送・ゲームのライセンスに関わっていた私にとっては、まったく他人事には思えませんでした(苦笑)。
しかも本件は、冷戦中のソ連にいた、英語も十分に話せないエンジニアが権利の大元だったわけで、ライセンシーが自らそこにアクセスして確認することに二の足を踏んでしまったのも無理はないのかな、と同情します。本書によれば、結果的に元凶となったロバート・スタインもそこまで無神経だったわけではなく、何度も契約書のドラフトを送り合って彼なりに確認を試みていたことも伺えますし、その上での確信犯な拡大解釈であったのかもしれません。
とはいえ、面倒がらずに権限を辿り、正しいライセンサーと曖昧さを排した適切な文言で契約を結ぶことはやはり重要。それをサボると全てが無になるどころか、訴訟という形で手痛いしっぺ返しをくらうという、ライセンス契約で一番重要なことをしみじみと理解させてくれます。
(橋詰)
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