ブックレビュー 戸嶋浩二ほか『M&A契約 モデル条項と解説』
M&A契約に関する実務書といえば、2013年に出版された長島・大野・常松法律事務所 藤原総一郎先生ほか著『M&Aの契約実務』ほぼ一択でした。そこに、森・濱田松本法律事務所の若手パートナー4名の手による本書が、5年ぶりの新規参入を果たしました。
書籍のページ数やボリューム感は、ほぼ『M&Aの契約実務』と一緒。構成上の大きな違いは、『M&Aの契約実務』の解説が株式譲渡契約に対象を絞っていたのに対し、本書は、第2部を株式譲渡契約、第3部を事業譲渡契約と分け、事業譲渡契約の条項の解説についても別途紙幅を割いている点です。
また、後発ですので当然のことではありますが、内容面に関しては、『M&Aの契約実務』で抑えられている論点や判例は漏れなく記載されていることが確認できました。各モデル条項の解説は、買主有利の立場からのモデル条項をもとにし、全体として『M&Aの契約実務』のものよりもさらに買主にディフェンシブな、イマドキなものにチューニングされています。
たとえば一例として、買主の義務の前提条件におけるいわゆる「MAC条項」について比較してみると、こんな感じ。
『M&Aの契約実務』:
第3.1条第1項の買主の履行の義務は、以下の全ての条件が充足されていることを前提条件とする。
(略)
(5)本契約締結日からクロージング日までの間に、対象会社の運営、資産又は財務状況に重大な影響を及ぼす事項が発生していないこと。
『M&A契約 モデル条項と解説』:
買主は、以下の各号の事由が全て充足されていることを前提条件として、第3.2条第2項に定める義務【注:クロージングの義務】を履行する。
(略)
(9)対象会社グループの財務状態、経営成績、キャッシュフロー、事業、資産、負債若しくは将来の収益計画又はそれらの見通しに重大な悪影響を及ぼす可能性のある事由又は事象が発生又は判明しておらず、そのおそれもないこと。
M&A契約は、カネと引き換えに、ヒト・モノ・情報を他者から譲り受ける契約です。ビジネス環境が1ヶ月・1週間・1日でコロッと変わる現代においては、そのカネの額面 = 企業価値・株式価値が刻一刻と変化しているとも言えます。従って、現代のM&A契約では、いったん譲渡価格を合意した後に、相手方のヒト・モノ・情報に発生した事情によってどう譲渡価格を調整すべきかがこれまで以上に重要になってくるのではと、私は考えています。しかし、この点を全体像から丁寧に解説してくれる文献はそれほど多くありません。本書の解説は、著者らの所属する森・濱田松本法律事務所『M&A法体系』の解説も踏襲し、この価格調整の重要性についてモデル条項も厚めに丁寧に解説されていたのが好印象です。
また、解説とは別に、巻末資料として、株式譲渡契約書の買主有利バージョン/売主有利バージョンのモデル条項が契約書ひな形スタイルでまとめてあります。買主有利/売主有利それぞれの立場でコントラスト強めの味付けで書き分けられていて、この形で両ひな形を比較学習すると理解が深まります。
特に、私はこれまで買主側の立場でしかドラフティングに関わったことがないので、売主有利バージョンを読んでいると「なるほど、こうやって補償責任を回避しようとするのか」と、参考になりました。
(橋詰)
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