「代打 サイボウズ社長 青野慶久」― 選択肢を増やすことで社会は進化する
戸籍法の改正による選択的夫婦別姓をめぐる訴訟を提起し、「婚姻制度のリ・デザイン」に挑戦するサイボウズ青野社長。先般の内閣府の調査では、「法律を改正しても構わない」と容認する意見が42.5%に増加するなど、その発言と行動が世の中に影響を与えています。多忙を極める中で、なぜこのような訴訟に取り組むことになったのか、そのいきさつと思いをお伺いしました。
ここまで話題になるとは思っていなかった
―御社にはパートナーとして、kintoneとクラウドサインを連携させていただくなど、いつもご支援いただきありがとうございます。このメディアは「契約のリ・デザイン」をテーマにしているのですが、今回話題になっている選択的夫婦別姓訴訟は、まさに「婚姻契約のリ・デザイン」というべきアクションなのではと注目しており、インタビューにお伺いした次第です。
注目していただいてありがとうございます。
私自身は、ここまで話題になるとは思っていなかったんですよ。民法上の夫婦別姓については、2年ちょっと前に最高裁でいったんの決着もついていましたし。今回の裁判も、もし最高裁まで行って揉めるようなことがあれば注目されるかな、とは思っていたんですけれども。
完全に油断していたところ、ある日、毎日新聞が訴訟を担当する弁護士に取材した記事が話題になりまして。「青野さん、なんかYahoo!ニュースのトップに出てますよ!」と社員が騒いでいるので、びっくりしました。まるで不意打ちのようで。
―このような話題性のある訴訟を提起されようと思ったきっかけについて、教えてください。
実は、私から起こした訴訟ではありません。岡山にいらっしゃる弁護士の作花先生が、事実婚の夫婦に訴訟提起を依頼されたのが、スタートになります。
先生が、民法上と戸籍法上の二つの法律の矛盾を発見され、戸籍法だけの限定的な改正であれば訴訟ができそうだとなりました。そこから、実際にその矛盾によって被害を受けていて、原告となってくれる被害者を探していらっしゃったのです。しかし、男性で、法律婚によって実際に名前を変えていて、具体的被害を被っている人、こうした条件に当てはまる方が少なかったようで。
ある人が「青野さん、こんな訴訟があるのですが原告になりませんか」と、私に繋いでくださったというのが経緯です。
―もともとあった訴訟の話に、青野さんが参加されたということですね。
そういうかたちです。私が自分自身の名前を変えた時と同じで、面白そうなんでやってみましょう、そんなノリです(笑)。
後になって、ここまで話題になった理由が理解できた気がします。メディアの中には、活躍している女性がいっぱい居られます。その中に、名前のことで不利益を感じながらお仕事をされている方も、たくさんいらっしゃいます。きっと彼女たちとしては、取り上げたくてしょうがなかったのだろうと思います。
そこに、担ぎ上げるのに丁度良い男性原告が現れた。タイミングがちょうど良かったのだと思います。みなさんのご協力のおかげで、世論も大きく動きはじめています。
この訴訟が目指すゴール
生まれてきたときにもらった氏を、婚姻をきっかけに強制的に変えなければならないのは、不都合が多い。だから、変えないでもよいという選択肢を作りましょうという提案です。私はこれを「明日の提案」と言っています。ときどき、婚姻制度自体をなくせばいいとか、「明後日の提案」をしてくる人がいますが、とりあえずは、この明日の提案が実現できるだけで、相当救われます。
法的な理論構成は、作花先生のブログに詳しいのでお読みいただきたいと思いますが、戸籍法に最低限の文言を加えるだけで、これが実現します。
たとえば、私の「青野」は旧姓ですが、今の戸籍制度ではこれを法的に証明できないという問題があります。これによって、普段使っている青野と言う名前をどこまで使ってよくてどこからがダメなのか、やってみないとわからないという不安が生じます。海外に行ってホテルに泊まる時、パスポートに記載された名前と予約名が違うから泊められないと言われると、困ってしまいます。
―引き続き民法上の姓という概念が残るとすると、戸籍法上戸籍に旧姓が登録できたとしても、行政がそれを受け付けないということはないのでしょうか。パスポート等に、戸籍上の別姓が使えるという保証はあるのでしょうか。
それは大丈夫だと思っています。なぜかというと、離婚をしたときに、戸籍名を変えない届け出をする制度が、現状の戸籍法にもあるからです。
私が離婚をすると、原則としては今の戸籍上の姓は西端から青野に戻るんですけど、「西端で世の中通しちゃったから、離婚後も西端で行きたいんです」と届け出れば、それは認められるのです。
パスポートをはじめ、世の中の証明書類は、戸籍上の姓名を前提に発行しているので、問題なく発行してくれるはずです。
―住民基本台帳ネットワークなどへの影響はどうでしょう。
戸籍システムに詳しい人の話を伺うと、ほとんど大丈夫と聞いています。そこがこの案が超エレガントである所以です。
変更が全く発生しないわけではないのですが、少なくとも今政府が進めている「旧姓併記でマイナンバーシステム改修に100億」というような金額にはならないはずです。
逆にお伺いしたいのですが、契約とかってどうなんですかね?
―その契約の意思表示をした方が特定できるのであれば、表示上の姓名と戸籍上の姓名との不一致は法的効力には影響ありません。ペンネームで契約をする方もいらっしゃいます。とはいえ、紛争のタネにはなりえるので、戸籍上の姓名を使われる方が多いのではと思います。
やはりそうですよね。契約という意味でも、戸籍法上の法的根拠があったほうが、安定しますよね。
選択肢を増やすことで社会は進化する
―選択的夫婦別姓に反対する方々もいらっしゃいますよね。その方々のロジックには、どのようなものがあるのでしょうか。
選択的夫婦別姓問題のそれぞれの言い分を分類すると、過去派・今派・明日派・明後日派の4つに分けられます。私たち明日派以外のみなさんの言い分は、だいたい集約されることがわかってきました。
まず過去派です。この方々は、「昔は良かった」「伝統だ」とおっしゃいます。これに対しては、「伝統だって変わっていくものですよ」「そんなに言うなら、お前明日からちょんまげな」とお伝えします(笑)。結局、人間は都合の良いものしか残さないんですね。伝統を引き継いだり、変えたりしながら楽しく暮らしているわけです。今回の提案も、同姓をやめさせるわけではなく、新しい伝統を加えようとしているだけです、と申し上げます。
次に今派です。「何が問題なんですか、何も問題ないじゃないですか」「なんで変えるんですか」こうした人たちです。これに対しては、「今困っている人がいます」「600,000人の方が毎年改姓を強制されています」と回答しています。そのために銀行口座の名前も変えなければいけないわけですが、銀行だってやりたくないはずです。
明後日派の代表的な意見は、「婚姻制度を変えたほうがいい」ですが、これは冒頭にも言ったとおり、「今すぐ変えられることを変えたほうがいい」と伝えます。これが明日派である私たちの意見です。
―わかりやすい分類ですね。
それぞれ事情が違うんだから、それぞれの事情に合わせた選択肢を用意したほうがいいと思っています。
昔は、長男は家を継ぐ以外、選択肢はなかったわけです。今は選択肢が増えたから、人生のいろいろな可能性が生まれている。選択肢をできるだけ幅広く用意するのが、社会の進化の道なのではないでしょうか。
もしそこに共感できるのであれば、反対する理由がないように思います。けれど、日本人には画一的であるべき、そもそも選択肢が増えることをよしと思っていない、そういう方がまだいらっしゃるようです。
私は、今回の訴訟は、日本人が多様な個性を尊重するマインドを持てるか、画一的なところから脱却できるか、その試金石と思っています。結婚するときに同性にするのか別姓にするのかという選択肢を増やす。たったこれだけのことが受け入れられないんだったら、まぁきついですね。いろんなものが変わらないと思います。
企業経営における多様性と画一性のバランス法
―青野社長のそのお考えは、サイボウズの経営においてはどこまで徹底されているのでしょうか。例えば朝3時に出社したいですと言う社員がいたとき、それを選択肢として与えるのでしょうか。
今のところ、朝3時に出社したいと言う人はいませんね(笑)。もしいたら、何とかして広げることを僕らは考えます。できるだけその人の可能性やニーズに合わせていきます。
―逆に、マネジメントのためにルールを厳格にしているところや、あえて画一的にしているところもあるのでしょうか。
サイボウズでもそういったものはいくつかあります。一つは理想への共感。この組織に属している以上はこの理念に向かって活動してください、あなたの私利私欲のためにやっているわけではないんですと。野球部に入ったんだから野球をしましょうといったレベルの話で、サイボウズに入ったんだから、グループウェアを追求する。これは絶対です。
後は、嘘だけは絶対にダメ。多様な人が働く職場に、阿吽の呼吸なんてないですからね。「阿呆はいいけど嘘はダメ」と言っています。寝坊してくるのはしょうがないが、寝坊したことを隠した瞬間に出て行ってくださいと退場を命じます。
そういった絶対のルールがいくつかありますが、後はできるだけ選択肢を作っています。たとえば、サイボウズではグループウェア上の社員の名前はニックネームにすることをOKにしました。英数字の人もいます。まるでTwitterネームのような感覚です。
あくまで今回は「代打 青野」としての挑戦
―今回のような、選択肢を広げるための挑戦は、どこまで続くのでしょうか。たとえば、自身が被害を被っていない分野へも広げていくお考えでしょうか。
わからないですね。今回も、ここまで私がコミットするとは思っていなかったので。なんていいましょうか、「代打 青野」と言われたからやっている感じです。ただ、今回の選択的夫婦別姓訴訟に関しては、代打に指名されてみると、私が出るのが一番効率が良いのかなと思いました。
今までは、女性が前面に出てフェミニズムみたいな活動に思われてしまったり、応援していたのが主に野党の方々だったこともあって、イデオロギーの問題にされてしまったりしました。今回は、男性で、かつ資本主義の権化みたいな私が、「金銭的に損をしている」と主張しているわけです。こうなると、男女も関係ないし、イデオロギーも関係なく、議論が発散しないので効率が良い。だから打席に入ることにしました。
―青野社長は、ルールへの挑戦がお好きというか、例えばスーツをやめようとか、プレミアムフライデーへの意見広告など、自ら積極的にそうした打席に立たれている印象がありました。
スーツの件は、うちの社員が私のスーツスタイルがあまりにもひどいので、彼らが企画したんですよ(笑)。着てみると楽なので、こればっかりになりましたが。
「チームワークあふれる社会を創る」が当社のビジョンですから、働き方改革についてはビジョンに沿うものとして取り組んでいます。ただ、プレミアムフライデーの話を最初に聞いたときは、なんでそんな画一的な方法でやるんだ?という疑問から、動画と新聞広告を作りました。
そうしたら経産省さんが飛んできてくれまして、話してみると、「画一的にはやりたくなかったんです」と仰った。おかげで、以降は連携しながら動けています。
―サイボウズさんは、そうしたメッセージの発信、社会への働きかけが上手でいらっしゃいます。インパクトを出しつつ、結果的には「愛される」運動のされ方をされますね。
多様な個性を尊重することは、常に私たちの事業のベースにあります。マルかバツかとか、相手を倒すことが目的ではありません。残業したい人が残業すればいいし、プレミアムフライデーもそうやりたい人がやればいい。ただ、押し付けるなと言いたい。
今までのこうした発信や運動には、悲壮感があったように感じます。敵がいて、倒さなければならないみたいな。そうじゃない方法も、アイデア次第でたくさんあります。
―私たちクラウドサインも、「紙とハンコ」以外の新たな選択肢を社会に提示するというスタンスで、サービスを広めて参りたいと思います。本日はありがとうございました。
(聞き手 橘・橋詰)
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