派遣契約の完全電子化は可能か?—忘れられた派遣法施行規則21条3項の改正
雇用契約の電子化とあわせて、派遣契約の電子化も図りたいという企業の強いニーズ。これに立ちはだかる派遣法施行規則の闇に迫ります。
雇用契約とあわせて派遣契約も電子化できる?
2019年4月1日の労働基準法施行規則改正により、これまで書面が必須とされていた「労働条件通知書」の電子化がようやく認められ、雇用契約の完全電子化が可能となりました。ただでさえ書類の山に囲まれている人事・労務部門にとって、書面が一つ減るだけでも相当な負担削減になるでしょう。
この件に関連して、「派遣会社と締結する派遣契約も電子化して問題ないのか?」というご質問をよく頂くようになりました。特に派遣社員の人数が多い大企業にとっては、数ヶ月に一回更新を迎える派遣契約をすべて書面で作成し・押印し・保管するとなると、相当の事務コストが発生するため、雇用契約の完全電子化とあわせて、これ機に派遣契約を含めた人事関連契約のペーパーレス化を徹底したい、という思いが当然にあります。
この点に関し、結論だけ先に言えば、
- 派遣契約も、他の契約と同様、電子契約で有効に締結できる
- ただし、派遣契約で定めるべき法定項目を「書面に記載」せよという厚生労働省令が、いまだ改正されずに残っている
- この「書面に記載」義務が契約書の作成までを義務付けるものなのかが不明
ということになるのですが、以下関連する条文について、詳しく検討してみたいと思います。
派遣法施行規則21条3項の闇
企業が人材派遣会社等の派遣元事業主から派遣労働者を受け入れる際には、派遣元事業主との間で、労働者派遣契約を締結することになります。この企業間の合意に基づき、雇用主である派遣会社から派遣されることとなる派遣社員に対し、就業条件の明示が行われることになります。
この派遣労働者への就業条件の明示については、2018年12月28日に公布され2019年4月1日に施行される改正派遣法施行規則により、冒頭紹介した労働基準法施行規則の改正と足並みを揃える形で、電子メールに加えてSNSやメッセンジャーツールを利用した通知も認められるようになりました。
では、企業間で合意する労働者派遣契約も完全電子化してよいのかとなると、実は、この点が今も法令上はっきりとしていない のです。
派遣法を詳しくみてみましょう。まず、契約に定めるべき内容については、労働者派遣法26条1項に、以下のとおりかなり詳細に法定されています。
第二十六条 労働者派遣契約(当事者の一方が相手方に対し労働者派遣をすることを約する契約をいう。以下同じ。)の当事者は、厚生労働省令で定めるところにより、当該労働者派遣契約の締結に際し、次に掲げる事項を定めるとともに、その内容の差異に応じて派遣労働者の人数を定めなければならない。
一 派遣労働者が従事する業務の内容
二 派遣労働者が労働者派遣に係る労働に従事する事業所の名称及び所在地その他派遣就業の場所並びに組織単位(略)
三 労働者派遣の役務の提供を受ける者のために、就業中の派遣労働者を直接指揮命令する者に関する事項
四 労働者派遣の期間及び派遣就業をする日
五 派遣就業の開始及び終了の時刻並びに休憩時間
六 安全及び衛生に関する事項
七 派遣労働者から苦情の申出を受けた場合における当該申出を受けた苦情の処理に関する事項
八 派遣労働者の新たな就業の機会の確保、派遣労働者に対する休業手当(略)等の支払に要する費用を確保するための当該費用の負担に関する措置その他の労働者派遣契約の解除に当たつて講ずる派遣労働者の雇用の安定を図るために必要な措置に関する事項
九 労働者派遣契約が紹介予定派遣に係るものである場合にあつては、当該職業紹介により従事すべき業務の内容及び労働条件その他の当該紹介予定派遣に関する事項
十 前各号に掲げるもののほか、厚生労働省令で定める事項
そして上記26条1項の条文中「厚生労働省令で定めるところにより」とあるのを受けて定められたのが、派遣法施行規則です。その施行規則21条3項には、以下のような条文があります。
第二十一条 (1〜2略)
3 労働者派遣契約の当事者は、当該労働者派遣契約の締結に際し法第二十六条第一項の規定により定めた事項を、書面に記載しておかなければならない。
派遣法26条1項によって義務化された契約内容10項目を書面に記載せよ、あります。この「書面」性については、この施行規則の他の条文に「電磁的記録でもよい」という定めがないため、紙である必要があります。
ここで問題となるのは、契約書を紙で作成し取り交わす必要まであるのか、それとも両社が各々書面に記載しておけばよいのかが不明である という点です。施行規則には、具体的に「契約書を作成し」とも「署名押印が必要」とも記載されていないからです。
文言だけ素直に読めば、派遣元と派遣先が法定項目が記載された書面を作成して(押印をせずに)交付する、または各々が10項目の記録を作成しておくだけでも「締結に際し〜書面に記載」の義務を形式的には満たすはずだからです。
忘れられた施行規則をすみやかに改正すべき
そもそも、派遣労働者本人との雇用契約が労働条件通知も含め完全電子化OKになったのにもかかわらず、なぜ企業間契約を「書面に記載」すべきとした施行規則が残っているのでしょうか?
施行規則を改正する際は、労働政策審議会を通す必要がありますが、派遣社員への労働条件通知の電子化要件緩和について議論された第276回労働政策審議会の記録を見ても、この点が明らかではありません。
そこで、厚生労働省の需給調整課に確認をしてみたところ、以下の回答がありました。
派遣法施行規則21条3項は、法定項目の契約書への記載を意味し、両社が各々書面に記載すればよいという意味ではない。審議会では、21条3項改正の是非については具体的議論はしていないが、派遣契約は、派遣労働者の労働条件の根幹を決めるものであり、書面でなくてよいとすることについては、審議会の労側の先生方が反発することが予想される。
現状の企業の実態としては、派遣契約などもはや紙で締結しない企業も少なくないのは明らかです。本来は派遣法施行規則21条3項についても審議し改正すべきだったところ、条文を取りこぼしただけなのではないか と邪推してしまいます。
安全策をとってわざわざ紙で派遣契約書を作成するか、それとも契約は電子化したうえで条文に素直にそれぞれの企業において書面に記載をする対応をとるか。いずれにせよ、このような省令改正の漏れによって誰にとっても実益のない事務負担を発生させるべきではなく、できるだけすみやかに是正されるべきと考えます。
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参考文献
- 五三智仁著『Q&A労働者派遣の実務 : 派遣元・先企業の実務留意点 第2版』(民事法研究会、2013)
- 「月刊人材ビジネス vol.390」(株式会社オーピーエヌ、2019)
画像:よっしー / PIXTA(ピクスタ)、Varava / PIXTA(ピクスタ)
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