私のサイン 柳田国際法律事務所 パートナー弁護士 滝 充人
1963年の開設以来、名門渉外事務所として日経新聞のランキングにも掲載される柳田国際法律事務所。若くしてパートナーに就任された滝充人先生に、近年のインハウスローヤーの増加、フィンテック・リーガルテックなどの技術の勃興に対し、どのように対処していくのか、突っ込んだお話を伺ってきました。
法律事務所におけるパートナー昇進への道のり
—実は、滝先生と私はもうかれこれ11年のお付き合いになります。私が会社を転々としている間に(苦笑)、滝先生はこの事務所一筋で着実に実績を重ねられて、昨年アソシエイトからパートナーへと昇進されました。おめでとうございます。
もうそんな長いお付き合いになりましたか。お互い歳を取りましたね(笑)。
—今日は、滝先生が関わられた思い出の契約の話を伺いに参ったわけですが、せっかくですので、名門事務所でパートナーに昇進したばかりの、若手弁護士としてのキャリア論もお聞きしたいです。まず、こうした国際案件も手がける渉外系法律事務所でパートナーになるのがどのくらい大変なことか、法律事務所の組織について詳しくない読者もいらっしゃるかと思いますので、教えてください。
会社組織に置き換えると、「アソシエイト」は従業員、「パートナー」は一応役員ということになります。事務所によっては、「シニアアソシエイト」を中間管理職的に置く事務所もあります。
法律事務所のパートナーになるには、アソシエイトとして仕事で実績を残し、パートナー全員に認めてもらうとともに、まとまった金額の出資をして「組合契約」を結ぶことになります。パートナーとしてこの組合契約に加入することにより、事務所に損害が発生すれば私も連帯責任を負うことになるので、それまでにない緊張感も生まれます。なんというか、重い覚悟が求められますよね。
—アソシエイトの仕事の中で、具体的にはどんなところがパートナーからの評価の対象になるのでしょうか。
他の法律事務所では、スター弁護士というか、とにかく目立ってお客さんをたくさん連れてくるアソシエイトがパートナーになりやすいといったところもあるのかもしれません。
一方当事務所では、「事務所の名前にふさわしい成果物を安定的に提供できる実力が備わっているか?」、そこが重要だと思っています。法律事務所の名の下、様々な才能を持つ弁護士が集まり、事務所一体となって責任をもってお客様にサービスを提供する、そういう意識が強いということです。ですので、そうしたマインドと能力を持ったアソシエイトが評価されていると思います。
—渉外系法律事務所として国際案件を扱うということは、当然に海外での経験も求められますよね。海外のロースクールに行って外国法弁護士資格を取って帰ってくるというのは、渉外系法律事務所におけるパートナー昇格要件なのでしょうか。
必ずしもロースクールである必要はないです。ただ、海外経験、つまり外国人と生活をして、その考え方に触れるという経験は、外国企業と交渉したり、契約を考える上では有用だと思います。
私の場合は、アソシエイトとしてしばらく実務経験を積んでから、ボストン大学ロースクールに留学し、その後のBarExamと呼ばれる米国の司法試験に合格して、NY州弁護士の資格を得ることができました。ボストン大学も昔は日本人の留学生も多かったようですが、私の時は数名しかおらず、ほとんどが様々な国から来た外国人の若者です。その中に混ざって学生生活を送るうちに異文化を異文化と感じなくなった、好きになったというのが大きかったです。
彼らはそもそも日本人とは違う文化で暮らしてきただけでなく、多くがビジネス経験もない中でロースクールにきていますから、凝り固まった価値観もないですし、発想も突飛です。そうしたさまざまなバックグラウンドを持つ外国人と膝を突き合わせてディスカッションや契約書のドラフティングをするといった経験は、それまでの実務経験にさらに発想の豊かさをプラスしてくれたように思っており、今の業務にも生きていると思います。
私の中の契約観を変えた2つの契約
—弁護士として垣間見た面白い契約ってありましたか?
行く前は全然好きじゃなかったアメフトが好きになったのですよ。ボストンには強豪チームもありますし。試合もとてもおもしろいのですが、契約交渉の話が面白いんです。
アメフトって、日本のプロ野球などとは違って、4年契約を結んでも、1年目のキャンプ期間中に解雇されたりするんです。サイニングボーナスとギャランティーは確定的に払うことになっていますが、基本給とインセンティブは補償されていない。だから、1年目であっても解雇されてしまえば、チームはその後の基本給とインセンティブの支払い義務を免れることができます。
アメリカの労働者は、60%以上がat will employmentと呼ばれるすぐに解雇できる契約形態だ、そう言われています。それでも実際は、人種差別・男女差別・ハラスメントなんかの問題も起きがちでなんだかんだ紛争になっています。これに対して、アメフトの契約ではスパッと解雇できて問題にもならない。これは面白い契約だなと思ったんですよ。
—英米法の世界でよく言われる「契約を破る自由」にも似ていますね。
発想としては同じようなものだと思います。契約を破る自由の話で思い出しましたが、似たような状況を、日本でも目の当たりにしたことがあります。
それは、とある合弁契約でした。合弁契約というのは、一緒にお金と労力を出し合ってビジネスを作っていこうと約束する契約ですから、必ず競業避止義務(橋詰注:自社で、または他社と一緒に同一の事業を行わない義務)が定められているわけです。にもかかわらず、相手の会社から「同業他社を買収しましたので、今後はそこと一緒にやります」という通知が来ました。これは明らかな合弁契約違反です。法務としては、買収を中止させる差止めを申し立てるか、それとも損害賠償を請求するか、という検討をすることになります。しかしそんなことは先方も承知で通知してきているはずですよね。
ここでふと、なんで相手は契約違反と分かっていてこのようなことを行うのか、考えるわけです。それは、契約を破っても差止めや損害賠償請求はされないはずだと相手が思ったからなんですよね。もしここで訴訟を起こそうものなら、業界における評判が落ちる、契約にすがって業界で生きていこうとしていると見られるのも癪だ、そうこちら考えるだろうと見込んで、相手はこういう経営判断をしたはずなんです。
いくら契約で競業避止義務をしっかり定めてサインをしていたとしても、相手は意図的に契約を破ることがあり、破られた側も、契約に定められた権利や制裁を発動しない選択をとることがあるという状況を目の当たりにして、契約は法律と理屈だけ動くものではない、極めて人間的なものであるということが身に沁みて分かりました。
インハウスローヤーと比べた外部弁護士の醍醐味
—さて、話は変わりますが、最近、新聞等メディアでは「インハウス」いわゆる社内弁護士が増え、活躍しているという記事も目立つようになりました。働き方の多様化が弁護士業界にも影響してきているということなのだと思います。そんな中、企業法務専門の渉外法律事務所の弁護士として一筋にやってきた滝先生にとって、あえてインハウスではない、外部弁護士の仕事のおもしろみって、どこにあるとお考えですか?
インハウスは現場に近いという醍醐味があります。私もインハウスとして出向した経験がありますのでそれは感じました。
ただ、会社によりますが、その現場への近さを実際に強みとして活かせているのか、疑問に感じる時はありますね。インハウスの弁護士が現場担当者と同席して会議をすると、多くの場合、事前に事実を整理し、的確な問題意識をお持ちなのでスムーズに進みます。しかし、あまり現場担当者とコミュニケーションがとれていないような場合には、非常にもったいないなあと思います。
また、インハウスですとその会社の仕事しかできないという点は否めないと思います。依頼される仕事の多様性は、多数のクライアントとともに仕事をする外部弁護士の方が高いのかなと。この多様性によって、法律知識だけでは会得できないリスク察知能力を高めることができます。
海外の企業でこんなリスクが今発生しているから、日本においても今後起こるのではないかとか、同じ国内でも他業界の似たような契約書でこんなトラブルがあったとか。この察知能力は、ビジネスがどんどん複雑化している企業法務において、特に求められる能力ですから。
加えて、外部弁護士は、Noという必要があるときにはNoと言える、本当の意味でクライアントに寄り添った意見をだせるという点も重要です。私は若い時から、きちんとNoを言うべきときに言えるのが外部弁護士の価値だ、と教育されてきました。それがインハウスよりも中立的な立場でプロとしてはっきりとお伝えできるというのが、外部弁護士の存在価値だと思います。
—そうでした、滝先生は、2年半ほど民間企業に出向されたインハウスローヤーとしての経験もお持ちでしたね。
そうですね。その時感じたのは、やはり企業法務部門という組織の中に入ってしまうと、Noとは言いづらいですし、そもそもNoを言うことが期待されていないと感じることはありました。
その期待されていない空気の中でNoを返すのは、言い方・根回し含めなかなか神経をすり減らすタフな仕事だと思います。私は法律事務所からの出向者という立場もありましたし、当時はアソシエイトで若かったので、事務所のパートナーに相談して助けてもらったりできたのでよかったのですが。
外部弁護士として目指す将来像
—柳田国際法律事務所は、エスタブリッシュな、メーカー、航空、証券等金融機関といった大手企業を顧問にたくさん抱えていらっしゃいますが、滝先生ご自身はベンチャー企業などもお手伝いされたいとのこと、やはりフィンテックなどの新しい分野にチャレンジされるのでしょうか。
うーん、フィンテックはもう数年前から研究されていた先生方もいらっしゃいますし、法律の分野としては論点も出尽くしているのではないでしょうか。ICO(Initial Coin Offering)など、課題とされているテーマはあっても、要は規制がどうなるかというところなので、そういったロビイング活動が得意な業界団体とか、専門家の方々の領域かなと。
—それは意外です。フィンテック以外ですと、どんな分野にご興味をお持ちですか。
興味があるのは、宇宙ビジネスと法ですね。ボストン大学の国際法のゼミでも、宇宙旅行ビジネスの法的問題点について、条約の枠組みに着目した論文を書いたのですよ。お見せできるようなものではありませんが。
最近、日本でも大きな資金調達をしている宇宙ビジネスのベンチャーもありますし、イーロン・マスクが失敗を重ねながらも諦めずにチャレンジしている姿を見ていると、純粋にかっこいいと思いますね。
当事務所は大手クライアントが多いことで、人によっては敷居が高く見えるようなのですが、ベンチャー企業のみなさまもどうぞお気軽にご依頼いただければありがたいです。
—企業法務系の事務所を背負って行くパートナーとして、懸念・課題を教えてください。
さきほどのインハウスの話は、やはりクライアントからお仕事をいただく立場として、また優秀な弁護士を採用したい立場として、無視はできない話題です。これだけ増えると、企業内法務部門での内製化は、ある程度進むのかなと言う懸念はあります。
最終的には我々を使っていただいたほうがいいとは思っていますが、それを企業の方々にどのようにプレゼンテーションできるかがポイントだと思っています。弁護士の中でも、多様な案件を経験した外部弁護士のほうが、いい解決策、いいサービスが提供できるケースが多いのではないか。然るべき時に根拠を持ってはっきりとNoをお伝えでき、さらに別の解決策を提示できるという価値は高いのではないか。そう思って日々お手伝いをさせていただいていますが、これをわかりやすく伝えていかなければなりませんね。
—私たち弁護士ドットコムが取り組んでいるリーガルテックは脅威ですか、それとも相手じゃない感じですか?
簡単に言うと、少なくとも私が生きている間に、私に代替するリーガルテックなりAIは生まれないと思っています(笑)。
—おお、おっしゃいますね(笑)。
期待はありますよ。10年前はネット環境も接続端末も貧しかったのが、10年経ってブロードバンドもスマートフォンも完成されて便利になった、こういう順当な進歩はまちがいなくあるでしょう。それを超えるようなイノベーションが本当に生まれるのか。クラウドサイン事業部のみなさんのお手並みを拝見したいと思います。
—滝先生に多少なりとも危機感を感じていただけるようなリーガルテックを生み出せるよう頑張ります。本日はありがとうございました。
(聞き手 橋詰)
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