Spotifyの利用規約に定められた裁判管轄条項・準拠法条項の細かさがすごい
音楽ストリーミングサービス「Spotify」の利用規約における裁判管轄条項・準拠法が、かなり手の込んだものになっています。今回は、これを見ながら、利用規約を作成・維持するコストについて考えてみたいと思います。
裁判管轄条項・準拠法条項とは
Webサービスなど、不特定多数のユーザーと契約を締結する際に同意する利用規約。その中に必ずといっていいほど規定されている条項が、「裁判管轄条項」と「準拠法条項」です。
これは、サービスを提供する事業者と、利用するユーザーとの間で紛争が発生した場合、どのような法的手続とルールに基づいてその紛争を解決するのかを定める条項になります。たとえば、クラウドサインの利用規約には、
第21条 準拠法、管轄裁判所
本契約は、日本法に基づき解釈されるものとし、本規約に関して訴訟の必要が生じた場合には、東京地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とします。
このように、万が一紛争が発生してしまった場合には、日本法(=準拠法)に基づき、東京地方裁判所での裁判(=裁判管轄)により法的に解決をはかりましょう、という合意をユーザーの皆さまとの間でしています。
画像提供:ピクスタ
裁判管轄・準拠法を定めても無効となるケースも
しかしながら、場合により、このような条項で定めた裁判管轄や準拠法に関する同意が、いざ訴訟の場面では無効とされてしまう場合があります。特に、BtoCの消費者向けサービスの契約においては注意が必要です。
まず裁判管轄について。日本の民事訴訟法第3条の7第5項を見ると、
将来において生ずる消費者契約に関する紛争を対象とする第1項の合意(注:「いずれの国の裁判所に訴えを提起することができるか」についての合意)は、次に掲げる場合に限り、その効力を有する。
一 消費者契約の締結の時において消費者が住所を有していた国の裁判所に訴えを提起することができる旨の合意(その国の裁判所にのみ訴えを提起することができる旨の合意については、次号に掲げる場合を除き、その国以外の国の裁判所にも訴えを提起することを妨げない旨の合意とみなす。)であるとき。
二 消費者が当該合意に基づき合意された国の裁判所に訴えを提起したとき、又は事業者が日本若しくは外国の裁判所に訴えを提起した場合において、消費者が当該合意を援用したとき。
ちょっと難しい言い回しですね。具体的なケースに置き換えて説明すると、事業者と消費者との契約において、消費者が「利用規約の裁判管轄の定めに、“日本の東京地裁で”と書いてあるけれど、私は外国に住んでいるのでお断りします」と意思表示した場合は、せっかくの裁判管轄の定めが無効になってしまう、ということです。
準拠法の合意についても、法の適用に関する通則法第11条1項において、
消費者(略)と事業者(略)との間で締結される契約(労働契約を除く。以下この条において「消費者契約」という。)の成立及び効力について第七条又は第九条の規定による選択又は変更により適用すべき法が消費者の常居所地法以外の法である場合であっても、消費者がその常居所地法中の特定の強行規定を適用すべき旨の意思を事業者に対し表示したときは、当該消費者契約の成立及び効力に関しその強行規定の定める事項については、その強行規定をも適用する。
と定めており、例えば、事業者にとって有利に解釈しうる国の法律をみつけてそれを準拠法として利用規約に規定していても、日本を常居所とする消費者が消費者契約法を適用すべき旨を意思表示すれば、これが適用されることになります。
このように、消費者保護の観点や自国民保護などを理由に、準拠法・裁判管轄条項を一定範囲で制限する法律を持つ国は、日本に限らず世界中に存在します。しかし、それらの適用について厳密に法律を調査し利用規約に規定するためには当然コストがかかります。調査対象となる国の数にもよりますが、百万円単位の金額になるのは避けられません。
そういった事情もあり、多くのWebサービスが、各国の規制があることを理解しながらも、「自己の本社所在地の法と裁判所で紛争解決をする」旨だけを定めているのが実情です。
極めて精緻なSpotifyの裁判管轄条項・準拠法条項
そんな中、目を引いたのが、音楽ストリーミングサービス「Spotify」の利用規約(2016年11月23日付)です。同サービス利用規約第24.1 条には、以下のような定めがあります。
具体的に26カ国+その他諸国に分けて表形式で整理し、対応する準拠法と裁判管轄、さらにその裁判管轄が専属的か非専属的かについてまで、細かく定めています。
たとえば、ブラジルで発生した紛争について、準拠法をブラジル法/裁判管轄を専属的にサンパウロの州または連邦裁判所とする旨定めていますが、これはブラジルの民事訴訟手続を規定する連邦法において、義務履行地がブラジルの場合はブラジルの裁判所が管轄権を有すると定めていることに対応したものです。ここまで細かな準拠法・裁判管轄条項は、そうそう見られるものではありません(さらに、第24.3条には仲裁という別の紛争解決手段についても規定があります)。
この条項に限らず、第1条に記載された未成年者の利用に関する規定などを見ても、Spotifyが各国において精緻な法的調査と検討をしていることが伺われます。企業法務の目線からは模範的・理想的な利用規約です。
一方で、上述のとおり、これらの調査を各国の法律家を起用して行い、将来発生するであろう法改正のアップデートに対応し続けるには、相当のコストが継続的に発生することにもなります。裁判にまで持ち込まれるような紛争の発生頻度が低ければ、無効になるリスクもあるのを覚悟で本社所在地国の準拠法・裁判管轄とだけ書いておく。そう割り切るのが合理的な場合もあるでしょう。
あくまで「万が一」の紛争のために定める利用規約に対して、どこまでコストをかけるべきか?各社のWebサービスが本格的にグローバル化していくにつれ、企業としての見極めが求められていくことになります。
(橋詰)
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